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大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)115号 判決

原告

株式会社 藤松

代表者

松林高

訴訟代理人

吉田清悟

被告

生野税務署長

鍋谷政憲

指定代理人

饒平名正也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

(一)  被告が昭和五三年一一月三〇日付で原告に対してした、昭和四九年ないし昭和五二年の各六月分の源泉徴収所得税納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分を取り消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張〈以下、事実省略〉

理由

第一原告会社が、昭和四九年から昭和五二年までの各事業年度(当年三月一日から翌年二月二八日まで)において、商法二九三条の三に基づき、別表一のとおり利益準備金(法人税法二条一八号の利益積立金)を資本に組み入れたが、当該組入金額を配当所得として所得税を徴収し、これを国に納付しなかつたこと、被告が、昭和五三年一一月三〇日付で原告会社に対し本件処分を行つたこと、原告会社が、昭和五四年一月二二日、被告に対し本件処分を不服として異議申立をしたところ、被告が、同年三月一日、異議申立を棄却する旨の決定をしたこと、原告会社が、同月一三日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長が、同年八月二九日、審査請求を棄却する旨の裁決をしたこと、以上のことは当事者間に争いがない。

第二本件処分の適法性について判断する。

一法二五条二項二号によると、株式会社が、法人税法二条一八号に規定する利益積立金額を資本へ組み入れた場合、資本に組み入れられた当該利益積立金額は、利益の配当又は剰余金の分配の額とみなされ、かつ、当該事実の発生の時、法人から株主に対し当該金額の交付がされたものとみなされるから、当該株式会社の株主は、法二四条の配当所得を得たことになる。そこで、株式会社は、法一八二条及び昭和五二年法律九号による改正前の租税特別措置法九条を適用して算出した金額を、法一八一条一項に基づき、所得税として徴収し、これを国に納付すべき源泉徴収義務を負うとしなければならない。しかし、原告会社は、前記のとおり、利益積立金を資本に組み入れたにもかかわらず、組入金額について所得税を徴収し、国に納付することを怠つたものであるから、被告が、国税通則法三六条一項二号、六七条一項に基づき本件処分を行つたことに瑕疵はない。

二原告は、本件処分の根拠となつた法二五条二項二号は、憲法二九条、八四条に違反し、無効であると主張しているので判断する。

源泉徴収による所得税についての納付の告知は、徴収処分であつて課税処分ではないが、約税義務自体の存在を前提とするものであるから、納付の告知を受けた支払者は、納税義務の存否・範囲という実体面の瑕疵を理由として納税の告知の取消しを求めることができると解するのが相当である。したがつて、本件でも、原告会社は、法二五条第二項二号の違憲性を取消原因として主張できるというべきである。

三原告会社は、法二五条二項二号が憲法八四条に違反する理由として、右規定の根拠が不明確であり、かつ、不合理である(所得のないところに所得を擬制していること)と主張している。

しかし、憲法八四条が定める租税法律主義は、近代国家での法治主義が租税法の領域で現われたものであり、課税権の行使を国民の代表である議会の定める法律の根拠なしには行わしめないことによつて、国民に法的安定性と予想可能性とを保障しようとするものであつて、課税要件及び租税の賦課・徴収の手続が、すべて法律で明確に定められなければならないということを内容とするにすぎない。そして、原告会社の主張するような課税要件の根拠の明確性、合理性は、憲法八四条の定める範囲外のことであるというべきである。そのうえ、法二五条二項二号は、課税の対象すなわち課税物件及び課税標準を定める規定として明確性を欠くことはない。つまり、同号は、それ自体不確定な文言を用いた規定ではないから、画一的、一律に適用することが可能である。

そうすると、法二五条二項二号の規定が、憲法八四条に違反するということはできない。

四次に、原告は、法二五条二項二号は、合理性を欠く課税要件の規定であつて、憲法二九条に違反すると主張している。

(一)  租税は、国民の富の一部を強制的に国家に移転する手段であるから、国民の財産権への侵害という側面をもつことは否定できない。しかし、国民が国家を形成する以上、国民は、その能力に応じて国家の財政的基礎を確立するため拠出し、国費を負担すべきことは当然であり、また、租税は、国家の財政政策の根幹を形成し、かつ、経済政策、社会政策とも緊密なつながりがあり、国の租税体系は、全体として複雑かつ技術的な性格をもつから、個々の具体的課税要件の定立には、立法政策上の裁量的要素が大きい。したがつて、個々の具体的課税要件については、それが明らかに合理性を欠くものでないかぎり、財産権の保障を定めた憲法二九条に違反するものではないと解するのが相当である。

いまこれを課税物件に関する規定についていえば、担税力を欠くことが明らかなものを課税物件として租税が課される場合にはじめて、憲法二九条に違反するというべきであるが、そうでないかぎり、租税法規が、課税の対象としても、いわば財産権の内在的制約として、受忍すべきものであつて、これをもつて憲法二九条に違反するとすることはできない。

別表第一

取締役会の

決議年月日

資本組入れ

年月日

資本に組入れた

利益準備金額

株主数

昭49.5.10

昭49.6.20

2,400,000円

17人

昭50.5.2

昭50.6.10

3,200,000円

22人

昭51.5.6

昭51.6.22

4,000,000円

23人

昭52.5.2

昭52.6.23

5,000,000円

27人

(二)  ところで、法人税法二条一八号に規定する利益積立金額が資本に組み入れられても、そのこと自体によつて株主の利益が実現するものでもないし、株主の会社財産全体に対する割合的持分が変更されるものでもない。しかし、利益積立額の存在は、元来、会社の利益の反映であつて、利益積立金額は、会社の稼得利益のうちの株主への未分配金額を示すものである。したがつて、利益積立金額が資本に組み入れられた場合、その時点までに株主の保有株式の価値が少くとも資本金額の増加の範囲までは増加していることに着目し、この保有株式の価値の増加益に担税力を認め、これが資本への組入れという形でいわば顕在化した時期をとらえてこれを課税の対象とすることは、何ら不合理ではない。また、利益積立金額を資本に組み入れることは、会社が、いつたん利益積立金額を株主に分配したうえ、あらためて同額の資本の払込みを受けることと同一の効果をもたらすことからも、課税の合理性は裏付けられる。

別表第二

納期の区分

所得の種類

(納税告知処分)

納付すべき源泉徴収所得税額

(賦課決定処分)

不納付加算税額

昭和49年6月分

みなし配当

360,000円

36,000円

昭和50年6月分

上同

480,000円

48,000円

昭和51年6月分

上同

600,000円

60,000円

昭和52年6月分

上同

750,000円

75,000円

小計 2,190,000円

小計 219,000円

合計 2,409,000円

したがつて、法二五条二項二号は、明らかに担税力を欠くところに課税物件を認めたいということはできないから、憲法二九条に違反しないというべきである。

第三むすび

以上の次第で、本件処分は適法であるから、原告会社の本件請求は失当であつて棄却を免れない。そこで、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 孕石孟則 寺田逸郎)

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